読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Utakata.

サクヨシが綴る雑感ブログ

無意識にマジョリティの陰口を叩くマイノリティの話

SOGI LGBTs セクシャル・マジョリティ セクシャル・マイノリティ 雑感

 

なんだか物騒なタイトルをつけてしまいました。

今回はセクマイとマジョリティの溝について少しお話ししようと思います。

 

 

自分の心の性別と性的指向を自認してからは、度々セクマイのイベントに行ったりセクマイのサークルに入って交流をはかってきました。

その中で気付いた事、不思議に思う事を書いていこうと思います。

 

セクマイと話していて思ったのは、殆どがマジョリティに対して多少複雑な気持ちを感じているという事です。

マジョリティ・マイノリティ関係なく、その人の個性を尊重出来る人は勿論たくさん居ますが、マジョリティに対して攻撃的な方、陰口を叩く方(自覚なし)もちらほら見かけました。

 

陰口と言っても分り易い敵意があるものではなく、「マジョリティはマイノリティと違ってミーハーだよね」「マジョリティは人の気持ちに鈍感だよね」と遠回しに嫌味を言います。

面と向かって敵意を剥き出しにする事は少なく、裏で「マジョリティってこういう人ばっかりだよね。おかしいよね」と陰口を叩く。

まるで中学生女子のような言動には正直辟易します。

 

オネエタレントを見て「ゲイって皆こうなんでしょ?」と軽率な発言をする人達に憤りを感じている割には、マジョリティにも同じ事をしているという自覚がないと言いますか……

己所不欲勿施於人。こういう考え方が当たり前だと思っていたんですけどね。

レッテル貼りの対象が誰であろうと、ああいうのは見ていて楽しいものではありません。

 

 

セクマイにはマジョリティの感覚は理解出来ないだろうし、マジョリティもセクマイの感覚は理解出来ません。

どんなに歩み寄っても、あくまでお互い「理解した気になっている」だけです。

 

だからこそ「私を理解して!」と自分の気持ちを押し付けるのではなく、「私はこう感じたけど、君はこう思ったんだね」とお互い妥協し合いながら歩み寄るべきでしょう。

“譲歩”ではなく“妥協”です。ここ重要。

一方的に「マジョリティ(セクマイ)はこういう人ばっかり」とイメージ先行で決め付けて陰口を叩いた所で、相手を理解するどころか益々溝が生まれてしまいます

 

マイノリティであろうと、マジョリティであろうと、相手を一括りの集団として見るのではなく、相手を“一人の人間”として見て欲しいものですね。

 

 

P.S

この記事では主にマイノリティ側で見かけた悪い面を書きましたが、だからといって「セクマイは被害者意識過剰だ」とは全く思いません

実際、セクマイには“異物”を受け入れたがらない社会から弾き出されてしまった被害者が多いです。

いじめやモラハラ、理解されない苦しみで心を病み、社会で生きられなくなった人もたくさん居ます。

だからこそ、自分達と違う存在を輪の中から弾き出すのではなく、お互い妥協できる所は妥協して共存していけたら、また違った世界が見られる事でしょう。