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Utakata.

サクヨシが綴る雑感ブログ

生理痛が死ぬほどつらかったあの頃

日記 生理痛 メンタルヘルス 毒親

Twitterでフォロワーさんと生理痛について話していたら、生理痛に苦しんでいた頃が少し懐かしくなったので、生理痛の体験談と改善法をここに綴ろうと思います。

最終的には自殺を計画し始めるほどつらかった生理痛と八年間奮闘してきた私の記録です。

 

 

結論から書くと、死ぬほど辛かった生理痛を治してくれたのは“低用量ピル”です。

私は今でも低用量ピルの“ルナベルLD”を服用しています。

ただし「この薬を飲めば治る!」という訳ではなく、低用量ピルを服用し続けている期間だけ生理痛が軽くなり、出血量が減ります。

中年以上の方の低用量ピルの服用は血栓症などのリスクがございますので、必ず担当医と相談してください。

また、あまりにも激しく痛む場合は子宮内膜症、子宮腺筋症、子宮筋腫などの病気も考えられますので、必ず病院で検査を行って下さい。

 

 

 

以下、体験談(※長いです)

 

私は本来生理痛がとても軽い方で、小学生の頃は生理中でも飛び跳ねたりアイス食べたり、割りと好き放題やってきました。

しかし、外国に移住した事で環境が大きく変わり、移住してから最初に来た生理では今まで感じた事がない程の苦しみを味わわされました。

当初は「環境が変わったから身体が慣れていないんだ。その内治るだろう」と考え、ずっと我慢していましたが、生理痛はどんどん酷くなるばかりです。

二年目の頃には痛みで失神するほど深刻な状態になり、その頃から子宮内膜症などの病気を疑い始めました。

 

言葉では表現しきれない程の痛みですが、例えるなら「下腹部の内側から大きな釘を打ち付けられているような痛み」でしょうか。

1日目~3日目は痛みでのたうち回り、何度も激痛で意識を飛ばしては引き戻されるの繰り返しでした。

「あ゛ぁ゛ぁぁぁ……」と唸り声でもあげていないと気が紛れず、全身に力が入らないので両足で立つ事も出来ません。

 

この痛みを和らげる唯一の方法は「限界まで吐いて、身体が疲れて眠るのを待つ」だけです。当時の私はこの方法を「吐いて治す」「吐いたら治る」と呼んでいました。

両足で立てないので、這ってトイレまで行き、指を口の奥まで突っ込んだり、顔を便器に近づけたりして吐き気を誘います。

自分は何故か嘔吐する時の声を抑えられないので、家中にゾンビの断末魔みたいな唸り声が響き渡り、その苦しそうな声を聞いた祖母が心を痛めすぎて不眠症になった事さえあります。

 

吐き終わった頃には身体も心も限界に達しますが、床を這いながらなんとか部屋に戻ってベッドに上がります。

口はゼェゼェと息を吐きながら開けっ放しですし、意識が飛ぶ寸前なのでほぼ白目剥いています。

こんなアヘ顔みたいな表情を他人に晒せるほど心が強くないので、生理が酷い時は当然外にも出られません。

 

 

当時は学生で、しかも所属が特進科だったので、1日でも休めば一巻の終わりです。

どんなに生理痛が酷くても、他の家族が止めても、「甘えるな」という毒母の一存で毎日必ず学校に行かされていました。

授業中は意識が飛ばないように手の甲の肉をつねりながら受けていました。つねる力もない時はデスクメイトにやってもらっていました。

一年間もつねり続けたせいでハッキリと痕が残ってしまい、見かねた親友が「(傷が痛々しくて)見ていられない」と何故か泣き出す始末です。

毎日実施される各教科の小テストは通常通り行い、内申に響く定期テストだけは追試という形を取らせて頂きました。

帰る頃には屍になっていて、常に「友人に肩を貸してもらう」「傘を杖のようについて頑張って歩く」「タクシーを呼んでもらう」の三択を迫られていました。

当時の自分からすれば「生き地獄」という言葉がピッタリな日々でしたが、振り返ってみると、友人や周りの人達に助けられた事ばかりで、痛みとサヨナラした今となっては懐かしくも温かい気持ちになります。

 

 

受験生になると、毒母も生理痛が成績もたらす悪影響について考え始め、知り合いの医者の所へ通う事になりました。

中国医学の権威らしく、私が住んでいた地域から車で1~2時間ほどかかる郊外に診療所を構えている名医で、漢方薬を処方されました。

約半年~1年間服用し続けて、当時の日本円で最低20万円程はかかったと思います。

診察の為に生理痛を我慢しながら片道1~2時間移動しなきゃいけないし、体質に合うかは飲みながら判断するから時間も掛かる。

その上すぐに効果が出る事もなくて結局止めたので、漢方薬の生理痛改善効果については結局分からず仕舞いです。

ちなみに受験は無事成功し、志望校に受かりました。

 

 

子宮内膜症などの病気を疑い、総合病院の婦人科に行こうともしましたが、毒母の偏見(若い人が婦人科に行く理由なんて中絶手術に決まってる。もし婦人科に入る所を他人に見られて誤解されでもしたら恥ずかしい)が原因で行けませんでした。

ちなみに、保険証・身分証・預金通帳など、全て毒母の管理下に置かれていたので、病院に行くのにも毒母の理解と協力が不可欠でした。

 

また、誰に吹き込まれたのか分かりませんが、毒母は「生理痛が酷くなるのはクーラーや冷たい飲み物が原因だ」と思い込み、夏でも飲み物は白湯と熱いお茶オンリー。

40度超えの真夏日でも私だけクーラーのかかった部屋に入れず、散々な思いをしてきました。

生理痛が酷すぎるあまり、「閉経が来るまでずっとこの痛に苦しめられるくらいなら、今すぐ包丁をお腹に突き刺して楽になりたい」「今すぐ飛び降りてこの痛みから解放されたい」と衝動的に自殺を考える事もだんだんと増えていきます。

 

 

その後、毒母の支配と洗脳から抜け出し、日本へ逃げてからは痛み止めの「イブ(EVE)」を服用しながら生理痛を凌いでいましたが、この薬を飲んでから30分経ったくらいで急激な吐き気に襲われる事があり、ベッドの隣には常に吐く用のバケツを置いていました。

 

また、生理周期の乱れでバイトの日に生理が来ることもたまにありました。

幸いバイト先が理解のある人ばかりで、一度バイト中に耐えきれずトイレで吐いて足が立たなくなってからは、生理期間中のシフトで融通を利かせてもらったり、生理痛改善のアドバイスを頂きました。

その時バイト仲間に紹介された病院で「ボルタレン」という強い鎮痛剤を処方され、この薬のおかげで生理痛の痛みはかなり治まりました。

 

しかし、一般の病院で処方される鎮痛剤でボルタレンより強いものがない=ボルタレンに対する耐性が出来てしまったら終わり……という考えに行き着き、耐性が出来てしまう事への怯えから一番痛い日にしか飲む事が出来ず、結局それ以外の日に痛みと戦う事になります。

 

 

この頃は毒母が原因のPTSDうつ病も発症しており、精神的に参っていた時期でした。

生理痛に対する“不安”が“怯え”に変わり、生理前は「またあの苦しみを味わわなければいけないのか」という恐怖で涙が止まらなくなり、生理中~生理後は「閉経するまで、これをあと何十年繰り返せば良いんだろう」と悲観的になって、本格的に自殺を考え始めるようになりました。

元々“女”の性が憎くて仕方なく、いっそ子宮か卵巣を摘出したいと病院に掛け合っても「出産可能年齢で健康な方の子宮を摘出する事は出来ません」と断られました。

 

 

ボルタレンを処方してもらった病院は碌に診断もせずに「これが今回分のお薬です」と渡してくるだけで、検査がしたいと申し出ても「そんなのしなくても大丈夫ですから」と冷たくあしらわれたので、検査してくれるクリニックを自分で探す事になります。

都心にあるクリニックに行き、「気を失う程の痛みで、子宮関連の病気を疑っている」と事情を話したらアッサリ診察室に通されました。

検査方法は膣内にプローブをあてる「経膣法」で、チューブのようなものを膣内に挿入して子宮や卵巣に近づけて撮影されます。

ちなみに問診票を書く時に処女かどうか問われますが、患者さんが処女である場合は肛門から挿入する形となります。

 

検査結果は「異常なし」。ただの月経困難症であると診断されました。

「あれほど酷い痛みなのだから、きっと子宮の病気に違いない」と思い込んでいた自分にとっては受け入れがたいものでした。

「もし病気なら治療法があるはず。病気を治せば酷い生理痛もきっと治る」と思っていたので、「このままずっと鎮痛剤で誤魔化しながら、生理痛と付き合っていくしかないのか」と悲観し始めた時、担当医から低用量ピルの処方を勧められました。

 

お恥ずかしい話ですが、私はこの時初めて低用量ピルの存在を知りました。(毒母と家族達は知っていたようですが、避妊薬なんて子供に使うものじゃないという古い考えに囚われていた為、わざと私に教えなかった)

看護師さんにとても丁寧に説明してもらい、血栓症のリスクについても教えて頂きました。

副作用がないかどうか確認する為に年二回の血液検査がある事。献血でも代用出来るので実質無料である事も伝えられました。(血液検査の費用は保険適応で1千円ほど)

 

 

処方された低用量ピルは記事の最初でも書いた通り、「ルナベルLD」というお薬でした。

保険適応で1シート(21日分)1千円~2千円で、最大3シートまで処方できます。

21日間(三週間)毎日、決められた時間に一錠飲み、一週間休む」という感じです。

その一週間の休薬期に生理が来るように調整されています。

 

私は水曜日から飲み始めたので、水~翌週火まで飲むのを三週間繰り返し、四週目の水曜日に休薬期に入ります。

私の場合休薬期の水・木は生理が来ず、金曜日から生理が始まり翌週火曜日で終わります。そして生理が終わった翌日の水曜日にまた薬を飲み始めます。

(ちなみに、スポーツなどで激しく動いた時は休薬期の木曜夜に生理が来る事もあります)

 

服用を始めてから一ヶ月は相変わらず生理痛が酷かったのですが、幸い特に大きな副作用もなく、三ヶ月目辺りから生理周期が安定し始め、出血量も減り、痛みも激減しました。

今でも服薬中ですが、生理周期が全くズレなくなった事によって、遊ぶ予定やバイトなども入れやすくなりました。

生理日に身体を動かせば当然お腹が痛くなりますが、笑顔で我慢できる程度の痛みです。

 

 

「もっと早く病院に行っていれば……」「もっと早く低用量ピルの存在を知っていれば……」と悔やんだ事もありますが、“過去の苦しみ”よりも“今の楽しみ”に目を向けた方がよっぽど健全です。

クーラーがかかった部屋で冷たい飲み物が飲める幸せを噛み締めながら、今日もルナベルにお世話になります。

随分遠回りした気もしますが、私と生理痛の長い戦いは“低用量ピル”の存在によって、長い休戦に持ち込まれました。

願わくばずっとこのまま、“生理痛が死ぬほどつらかったあの頃”に戻らないまま、この幸せが続いていけたら良いなと思います。

 

 

随分と長い記事になってしまいましたが、ここまでお読み頂きありがとうございました。

現在生理痛に苦しんでいる方は一刻も早く病院で検査を受け、自分に合ったお薬を処方してもらいましょう。

生理痛が酷い方はもちろん、生理痛が酷くない方にも、定期的な検診を推奨しております。

 

自殺まで考えた私が言うのもなんですが、自分の身体をどうか大切になさってください。

辛い時は無理せずに、身体と心を休ませましょう。

 

お大事に。